第26回「長期修繕計画見直しのオサエドコロと検討課題」
出演:杉並マンション管理士会 塚部 彰 / 沼田 俊秀 / 廣尾 東
分譲マンションでの快適な暮らしを継続し、大切な資産を守っていくためには、建物の経年劣化にしっかり対処しながら、適時適切な修繕工事を行っていくことが必要であり、その為に重要なのが、しっかりとした「長期修繕計画」です。 今回のセミナーでは、長期修繕計画見直しの際のポイントについて解説すると共に、サッシやエレベーター設備などの個別課題についても具体的に解説しました。
第一部 長期修繕計画見直しのオサエドコロ
(塚部 彰)
1.理事、理事見直し時期別の長期修繕計画の課題と対策会に関する問題
① 経年 10~12 年頃(第1回大規模修繕時期)
課題:一時徴収金等の検討、対応
対策:活力のあるうちに将来への備えが必要
② 経年 20~25 年頃(第2回大規模修繕時期)
課題: 1.大規模修繕未実施 2.給排水管の水漏 3.修繕積立金不足 4.先送りする理事会
上記4重苦を始め、問題が山積してくる時期
対策:修繕積立金値上げ、借り入れの検討、決断
③ 経年 35~40 年頃(第3回大規模修繕時期)
課題:サッシ、エレベーター、機械式駐車場、専有部給排水管水漏、専有部のリフォーム
対策:工事を実施するのか否かの検討、決断
それ以降は・・・
大規模工事は少なくなる、住民の生活スタイルやニーズが変化してくる、高齢化が進む..という 中で、マンションの将来ビジョン(建替?大規模リニューアル?解体、売却?スラム化?)についての決断が必要。
長期修繕計画表 チェックのポイント
◆今回は、上記2(経年 20~25 年、第2回大規模修繕実施時期)のマンションでの事例をもとに説明
長期修繕計画表は、「何を、どのように(方法・仕様)、いつ、いくらで」修繕を行うかを示すもの。
作成者によって、工事項目や、工事周期の考え方、金額の記載法もバラバラなこともあり、注意が必要。
その上での主なチェックポイントは以下。
①表の前提となる詳細項目の資料を入手すること。
→(表はあくまで大項目。小項目を積み上げた根拠となる資料を入手)
②仮設(足場など)工事の費用などどのように表記されているか。
→(項目漏れではないか?他工事に含まれているのか等)
③当然みておくべき項目に抜けが無いか。
→(項目立ては、国交省モデルに準拠するのが望ましい)
④給排水管などは取替工事とするのか、更生工事とするのか。
→(考え方によって金額は大きく異なる。)
⑤修繕に併せて性能向上工事(耐震化、省エネ他)を計画するのか否か。
→(マンション個々の事情によって検討)
⑥機械式駐車場は全体取替するのか、廃止するのか。
→(経年化が進むと関連費用は大きな支出項目になる)
⑦工事費の他、設計費、設計管理費等が計上されているか。
→(当然必要な項目であるが計画段階で計上漏れの起こることが多い)
⑧消費税の将来予測はどのように設定しているか。
→(8%?10%?全体費用に大きな影響がある)
⑨収入と支出の関係が分かりやすくなっているか。
→(本来、収入と支出項目は一つの表にまとめて表記することが望ましい)
⑩何年先までの計画になっているか。
→(マンションの事情に即した安心できる年数までの計画になっているか)
⑪大規模修繕計画は何回含んでいるか、またその周期は?
→(通常 12 年程度の周期で 3 回目まで含めると安心)
⑫鉄部塗装等比較的短期で生じる修繕の周期は妥当か。
→(長すぎると性能や美観の低下を招くが、過度に短期だと全体予算に影響)
⑬金額のチェックはしやすくなっているか。
→(戸当たり換算で考えるとイメージしやすい)
⑭数量の根拠があるか?
→(根拠は別紙で示す。数量、単価とも設定により大きく異なるため)
⑮事前調査の調査費用が計上されているか。
→(長期修繕計画の精度には限界もあり、工事の実施時期見極めの為の調査費用計上は有効)
⑯マンションの事情に合った計画になっているか。
→望ましい工事でも限られた予算の中では緊急度や皆が納得できる工事かの勘案も必要)
◆尚、国土交通省から「長期修繕計画標準様式・長期修繕計画作成ガイドライン」(平成 20 年)が提示されており、全て準拠する必要はないが、参考になる。
資金計画の考え方
①長期を俯瞰した資金計画が必要
右のようなグラフを作成し、将来に亘る資金計画、調達方法を検討する。(修繕積立金の値上げ、一時金徴収、借り入れなど)
②修繕積立金の目安は?
国交省の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(平成 23 年)によれば、11,500 円/戸(2LDK程度)、220 円/㎡というデータがある。ただし建物形状による加算、50年換算による考え方(新築入居当初抑えられた金額設定があったなど)、マンションの事情によって異なるのは当然。
③修繕積立金値上げ及び資金調達の方法
国交省は「均等積立方式(一括値上げ)」を推奨しているが、大幅な値上げは合意形成が難しいのも事実であり、段階値上げ方式も選択肢の一つ。
金額設定の際には、専有部給排水管の扱い(個人負担か組合負担か)を明確にしておく等も必要。
資金調達には、均等積立、段階的値上、借り入れ、一時金徴収等の方法が考えられるか、マンション個々の状況に応じて、どの方法(あるいは組合せ)がよいか検討する。
◆融資条件のポイント(いざという時に借入ができるように..)
- 管理規約の整備
- 総会決議、議事録の整備
- 修繕積立金、返済方法の検討(長期修繕計画による)
- 毎月の返済額が修繕積立金額の 80%以内であること
- 修繕積立金滞納割合が 10%以内であること
<住宅金融支援機構利用の場合>
最後に
◎長期修繕計画のチェックには国交省のガイドラインが参考になる
◎修繕積立金見直しの方法は様々ある
◎長期修繕計画の精度と限界を知ること(直ちに工事発注できる精度ではない)
◎長期修繕計画は棚に埋もれさせず定期的な見直しが必要
第二部 個別検討課題について
I.サッシと玄関扉の見直し
(沼田 俊秀)
鉄筋コンクリートは、鉄筋に水が回らず錆びない限り長期に堅牢性を保つことが可能。諸事情により建替えの難しいマンションも、躯体自体は70年80年と寿命を延ばしていくことは可能と考えられる。
しかし、サッシや玄関扉は30~40年で寿命を迎える。その適切なメンテナンスや更新の考え方についてご紹介します。
①サッシ、玄関扉の性能変遷
サッシ・玄関扉の性能は、耐風圧・気密・遮音・断熱性において、築25年ころから低下するケースがみられる。
②アルミの腐食
玄関ドアのハンドルやサッシに使われるアルミは、大気中のほこり、すす(ばい煙)、鉄などの金属粉、亜硫酸ガスなどの排気ガス、海塩粒子などが表面に付着、それが空気中の湿気や雨水の影響を受けて腐食を起こす。腐食から守る最も効果的な方法は、それらの汚れを、年1~2回の水洗いと空ぶきで落とすこと。
③サッシの調整(部品交換)
サッシの部品とそれぞれに対する留意点は下記。
- 戸車
取り替えるとサッシの動きがスムーズに。交換時期が遅れると、レールをすり減らし、機能回復が出来なくなることも。 - クレセント
壊れると防犯性が無くなる。 - タイト材(気密ゴム)
劣化すると気密・水密性能が低下するので、隙間風や雨漏り、音の侵入の原因に。 - ガラスビード
ガラス抑えのビードやガラスシールが劣化すると、タイト材の際と同じ現象が。 - 網戸
網については定期的な張り替えが必要。戸車やはずれ止め等の部品が劣化した場合は交換、本体の劣化や枠の変形が大きければすべてを更新する時期時期。
④部品交換の時期やコストについて
- 戸車
サッシの製造中止後最低10年は部品の供給はされる。10年~15年で交換時期。引き違い窓一点につき1,5000~30,000円のコスト。 - クレセント
部品の供給や交換時期については戸車と同じ。コストは一点15,000円前後。 - タイト材(気密ゴム)
部品供給、交換時期、コストについては戸車と同じ。ただし、交換出来ないケースもあり、水密性。気密性に問題を生じさせている。 - ガラスビード
部品については随時供給が可能。10~15年が交換時期。単価20,000円前後。 - 網戸
フレームについては汎用品で代用でき、網は随時供給可能。網は3~5年、フレームは5~10年で交換時期。単価は15,000円前後(レール一体の場合20,000円前後。部品の交換よりも本体ごと交換した方が安い場合あり。
※風止板、枠側のタイト材、外れ止め等の樹脂製部品は基本的に取り換えが出来ない。
⑤サッシの更新について
更新コストの目安は、掃出し窓1箇所あたり20万円。工事が簡単な「カバー工法」がデザイン性等についても進化しており、お薦め。
⑥玄関扉の更新について
更新コストの目安は一箇所あたり15~20万円。地震による建物変形時にも開放できる機能など安全性を確保でき、資産価値向上の点でも有効。既存の枠を活かしたまま、最小限の取付寸法で広い開口が確保できるように進化している。
⑦まとめ
◎サッシの調整時期は、第二回大規模修繕時期に合わせて計画するとよい。
◎サッシの寿命は建物寿命より短く、築30年代に更新を計画、予算処置しておく必要がある。
◎玄関扉の更新は、特に旧耐震基準の建物(昭和56年5月末以前の建築確認取得建物)にとって、避難路確保の見地からも資産価値向上の効果からも、お薦め。
II.エレベーター更新工事(リニューアル)
(廣尾 東)
昨今、エレベーターメーカーから部品の供給が中止されるという「2012年問題」が発生しています。このことはエレベーターを具えたマンションの長期修繕計画見直しに大きな影響を及ぼす問題ですので、今回はこの問題への対処に焦点をあててご説明しました。
①エレベーターの故障率と耐用年数
エレベーターの故障件数を縦軸に、耐用年数を横軸にとると、発生件数が使い初めの初期段階と経年劣化(摩擦故障)時期いため、折れ線グラフに表すと、その形状が浴槽のようになる。この「故障率浴槽曲線」は一般の機械部品と共通のもの..。
▼初期故障期間
設計不良、製造不良、材料欠陥、環境との不適合等。メーカーはアフターサービス(通常3ヶ月)にて故障率の低減を図る。
▼偶発故障期間
ほぼ一定の低い故障率期間。
▼摩擦故障期間
寿命が近づくと摩擦・疲労・劣化によって故障率が高くなる。更新検討が必要。
エレベーターの法定償却年数は17年(税法上)
主要装置の平均耐用年数は20年
BELCA(ロングライフビル推進協会)の計画耐用年数は25年
国交省の「マンション長期修繕計画ガイドライン」の目安は30年
※リニューアル時にはもとの性能に戻すだけでなく、その時点での社会の要求レベル(地震感知機能の向上など)に対応することも検討されるべき。
②2012年(部品供給停止)問題とは
- 半導体技術の向上に伴い、エレベーター制御技術が「リレー方式」から「電子基板方式」に移行。「リレー方式」は汎用部品が多かったのだが、「電子基板方式」は優れている半面(快適な加速・減速など)交換する電子基板は同様品に限られ、製造中止になれば別途製作など柔軟性に欠く。
- 「リレー方式」用の制御部品の製造中止、古い技術を持った技術者(団塊の世代など)の引退、代替品での修理が安全基準の強化で困難に..という流れの中で、「電子基板方式」の供給も25~30年を経て限界を迎えた。製造中止となった機種の基盤素材確保が難しくなってきたた。(これまでは企業努力で支えてきたが..)それが2012年に集中した。
<その問題点>
- 情報の伝達不足
メーカー側は数年前からインフォメーションとリニューアル提案を繰り返してきたが、1~2年で交代する管理組合役員の間で情報の引き継ぎが行われないケースが多い。 - メーカーと国交省との見解の違い
メーカー側はエレベーターの耐用年数を17年(税法規定)、あるいは20~25年としているが、国交省2008年策定の「マンション長期修繕計画ガイドライン」においては30年を目安とする等、見解が分かれており、メーカー側からの情報が伝わっていても、見直しの必要を感じなかった管理組合もあったのではないか。 - 他の建築・設備の劣化時期と重なる大きな負担
一基更新に500~1000万円かかる工事を、通常第2回大規模修繕工事時期である20~25年目に行うことになり、一時的な修繕積立金不足が懸念される。
③部品供給停止事前告知が届いたら..
- メーカーが充分な企業努力をした結果なのか(利益優先ではないのか)、部品供給停止の理由を納得するまで確認する。
- そのまま使用を継続すると、故障時に修理できない事態も発生するため、エレベーターの更新(リニューアル)を加えた、長期修繕計画の見直しをせざるを得ない。
※各メーカーのホームページに対象機種と部品供給停止時期が明記されているので確認する。
④更新工事時期の見直しと仕様の決定
- 現場ごとの設計が必要となるため納期も掛かる(半年~1年)。事前に必ず納期と停止期間の確認を行うこと。丸一日使えない日を出来るだけ少なくするよう要請。
- リニューアルの方式は大きく分けて3つ
- 全撤去新設リニューアル(既存品すべてを撤去し最新のエレベーターを据え付ける)
- 準撤去新設リニューアル(建物に固定された出入口枠や敷居、ガイドレール等を活用。油圧式エレベーターにおいても可能)
- 制御リニューアル(制御系のみの更新。価格的にも安価で合理的)
⑤まとめ
◎エレベーターは縦の交通機関。一日でも停止するとマンションの生活に支障をきたす。
◎エレベーターの更新工事を組み込む修繕計画の見直しの一番の要因は、メーカーからの「部品供給事前停止通知」である。
◎メーカーは築後20~25年を経たマンションに対して「部品供給事前停止」を、供給停止の数年前に通知してくる。
◎「部品供給事前停止通知」に伴う更新工事(リニューアル)は、価格的に優位な制御系のみの更新(制御リニューアル)とし、必要に応じてオプション(停電運転、地震運転、意匠等)を追加するのが有効。