第29回「マンション管理における法律問題」 ~本を読むだけでは分からない法律運用の実際!~

第29回「マンション管理における法律問題」 ~本を読むだけでは分からない法律運用の実際!~

講師:横浜マリン法律事務所 弁護士 濱田 卓

分譲マンションの管理組合運営で生じる、管理費滞納問題や設備老朽化による住民間でのトラブル等々‥。 それらに対処する指針である「区分所有法」や「管理規約」は正しく運用されているでしょうか? 「管理規約」 を住民の生活の変化やマンション個々の事情によって適切に整備・見直しすることも重要なことです。 今回のセミナーでは、実際の現場で数々の事例に関わってこられた濱田卓弁護士から、本や資料を読むだけでは 決して分からない法律や規約の適切な運用法、想定される事態への有効な対処法について、分かりやすくご説明 いただきました。

第1 管理費等の滞納問題について

1 総論

(1)そもそも管理費を回収しないとどうなるのか

  1. 時効で消滅
    • 時効とは何か
  2. 役員の善管注意義務
  3. マンション全体の資産価値の減少
    • 宅建業者の重要説明事項
  4. 共用部ローンが受けられない
  5. 「償却」の困難性
    • 全員合意説の壁

結論・・下記の「承継人からの取得」を目指して時効中断だけでもしておくべき

(2)どうすれば回収できるのか≒誰からの回収を目指すのか

  1. 一番多いのは,承継人からの回収(=法的手続によってではない)
  2. 相続人
  3. 特定承継人(任売(破産)、競売)→法8条という武器
    • 特定承継人に対してどこまで請求できるのか  
      • 遅延損害金
      • 違約金としての弁護士費用
      • 駐車場使用料,駐輪場使用料等

2 各論

(1)まずは何をすべきか

  1. 滞納額の把握
  2. 登記の確認
    • 区分所有者は誰か
    • 差押えや抵当権等の設定の有無→無ければ即執行も
  3. 「法的措置をとる旨の決議」は総会か理事会か
  4. 管理会社による督促の限界

(2)どの法的手続を選択すべきか≒自分でやるか弁護士等に頼むか

  1. 自分でやる手続
    • 支払督促,少額訴訟,民事調停
      • 支払督促
        • 定型の書式への記入,規約と資格証明の添付のみ
        • 出廷不要
        • 管轄に注意
        • 印紙半額
      • 少額訴訟
        • 請求元金が60万円以下の場合
        • 代表権ある役員が出廷必要(原則)
        • 1回で終わるのが原則→ほとんど和解
      • 民事調停
        • ひたすら話合い
  2. 弁護士等に依頼した方がよい手続
    • 通常訴訟,先取特権に基づく競売申立て
    • 弁護士費用は相手に負担させることができるのか
      • 最判昭和48年10月1日より不可
      • あくまで「違約金」債権
      • ただし最後は裁判官次第

(3)訴訟の終わり方について

  1. 判決,和解,取下げ
  2. 和解に関する手続的問題点
    • 総会決議が必要か
      • 標準管理規約準拠の場合とそうでない場合
      • そうでない場合の対応
    • 減免の可否
      • 遅延損害金
      • 元金
      • 管理組合法人の場合との異同?

(4)強制執行について

  1. 訴訟を必ず経由しなければならないのか?
    • 先取特権の活用
      • 登記の確認→即時競売申立ても
      • 賃借人の有無を確認(住所,氏名)
    • 給与差押え
      • 前提としての日本の民事執行制度の不備について
      • 財産の範囲は弁護士や管理会社にはわからない
    • 預金差押え
      • どこまで特定する必要があるか
    • 競売申立て
      • 59条競売申立て(区分所有者の交代を狙う)
      • 現在の東京地裁の傾向

第2 給排水管の一斉交換における管理組合全額負担方式の可否

1 想定事例

修繕積立金を取り崩して(あるいは,管理組合として借入をして),専有部分内に設置されている管も含め,給水管や排水管を一斉に更新することは許されるか?  規約に,次のような条項がある場合とない場合とでは結論に違いがあるか?

「専有部分である設備の更新等に係る費用については,総会の決議により,管理組合の負担とすることができる」(「本件規約」)

2 問題の所在

(1)「専有部分ドグマ」

管理組合のお金は,共用部分の管理のために徴収され,積み立てられているのであるから
これを専有部分のために用いることは許されないのではないか

(2)標準管理規約(単棟型)コメント(21条関係)

「配管の取替え等に要する費用のうち専有部分に係るものについては,各区分所有者が
実費に応じて負担すべきものである。」

→議論の法的な土俵は,「本件規約が区分所有法30条1項(※1)に違反するか?」

(※1)30条1項・・建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項は,この法律に定めるもののほか,規約で定めることができる。

3 現在の議論の状況

①明確な法律や判例はない

②「(少なくとも)規約を改正すれば許される」説が有力

  1. 稻本洋之助=鎌野邦樹編『コンメンタール マンション標準管理規約』(日本評論社 2012)78頁(篠原みち子弁護士執筆部分)
  2. 齊藤弘子・篠原みち子・鎌野邦樹『新・マンション管理の実務と法律』(日本加除出版 2013)137頁(篠原みち子弁護士執筆部分)
  3. NPO法人福岡マンション管理組合連合会『給排水管改修工事の取組みノウハウ』(2014)13頁
  4. 横浜弁護士会専門実務研究第8号『マンションの給排水管の更新に関する諸問題』(2014)(拙稿)

4 検討その1 そもそも横引き管(枝管)は専有部分なのか

(1)判例

①東京地判平成3年11月29日(判時1431号138頁)
→スラブ下配管(排水管)のbc部分につき共用部分と判断
②最判平成12年3月21日(判タ1038号179頁)
→スラブ下配管(排水管)のbc部分につき共用部分と判断
③福岡高判平成12年12月27日(判タ1085号257頁)
→スラブ上配管(排水管)のab部分(スラブ内)を共用部分、それより上の床下配管部分を専有部分と判断

→判断の大まかな基準は、「当該管を利用している専有部分の区分所有者が、これを補修しようと思えば単独で(=下階の区分所有者の協力を得なくても)補修できるか否か」

(2)結論

①スラブ下配管の排水管については、a~eまでの全体が共用部分
②スラブ上配管の排水管については,ab部分(スラブ内)は共用部分であるがそれ以外の床上配管部分は専有部分
③給水管について(排水管との異同)

5 検討その2 規約によって横引き管(枝管)を共用部分に変更できないか

(1)結論

できない

(2)理由

  • 区分所有法2条4項が定める「共用部分」
    1. 専有部分以外の建物の部分
    2. 専有部分に属しない建物の附属物
    3. 第4条2項の定めにより共用部分とされた附属の建物
  • 区分所有法4条2項が定める「規約共用部分」となりうる部分
    • 「建物の部分」(前記1)
    • 「附属の建物」(前記3)
    • 前記2の「建物の附属物」が除外されている

6 検討その3 本件規約は区分所有法30条1項に反するか

●30条1項の「建物」には共用部分のみならず専有部分も含まれる

例:専有部分内でのペット飼育の禁止

●専ら専有部分に係る事項についての規約の定めも有効な場合がある

大阪高判平成20年4月16日(判タ1267号289頁)

●給水管等の特徴

  1. 立て管と横引き管が一体として機能して初めて意味をなすこと
  2. 事故時の被害が甚大なのはむしろ横引き管であること
  3. 更生と更新は等価的選択肢であること

→「区分所有者相互間の事項」に該当し,30条1項に反しないというべき!

7 本件規約がない場合

①救済措置としての「特別決議≒黙示の規約改正」論の可能性
②追認決議

8 反対者によって提起され得る訴訟

①修繕積立金の取崩しを認めた決議の無効確認訴訟
②取崩し議案を上程した役員に対する損害賠償請求訴訟
③一斉交換工事の差止請求訴訟
(④議案や決議が規約違反であることの確認訴訟)

9 工事実施等決議の有効性に関する注意点

①決議無効と判断されないための公平性確保措置の必要性
②公平性確保措置をとるための規約の整備
例:個々の区分所有者に対する補償金の支出